1-7『燃料探索、五森の公国への派遣へ・院生の登場』


二日後
東方面偵察隊は陣地へと帰還

陣地は往復四日間の間にさらに強化されていた
壕が張り巡らされ、現在も施設作業車が、木材と土を使った簡易トーチカを構築している

陣地内に入ると、物資を満載した高機動車が止まっていた

82車長「報告します。東方面偵察隊、帰還しました。」

一曹「長旅ご苦労。道中色々あったみたいだが、無事に帰ってきて何よりだ。」

自衛「同僚達はもう帰ってきてるようで。」

一曹「ああ、あいつらも一時間前に帰ってきたばかりだ。
    帰って早々で悪いが、報告を聞かせてくれるか?」

自衛「報告は自分が。話しておきたいことがいくつかあります。」

82車長「じゃあ俺は荷降ろしを手伝うとするか。」

自衛「頼むぜ。」

82車長は一曹に敬礼をし、その場を後にした

一曹「自衛、先に行っててくれ。俺は二尉を探してくる。」


司令テント内

自衛「よぉ、お早い到着だな。」

テント内にはすでに同僚いて、机の上の地図を睨んでいた

同僚「自衛か、そっちは大変だったみたいだな。」

自衛「ああ、どこぞの製薬会社と事を構えることになるのかと思ったぜ。
   そっちこそ、食いモンと一緒に厄介ごとを持ち帰ってきたらしいじゃねぇか。」

同僚「よしてくれ、隊員Cにさんざん愚痴られて、参ってるんだ。」

自衛「あいつが愚痴るってことは、少なからず面倒事だってことだな。」

同僚「自衛…」


やがて基幹隊員が到着し、報告が始まった

自衛「__と、我々の偵察活動での報告は以上です。」

二尉「おもしろい体験をしてきたな。死人が動く光景ってのはぞっとしねぇ話だが。」

一曹「物資、食料の他にこっちで使える金銭を確保できたのは大きいな。
    自衛、よくやってくれた。」

自衛「感謝ならここにいない勇者達に言ってやってください。
    あいつらはマジの化け物だ。」

一曹「そうだな、彼らにも感謝しなければ…」

二尉「でだ、本題は同僚士長が持ってきた案件だな。」

同僚「はい、先程も説明しました通り、私は木洩れ日の街で
    この国の姫君である五森姫と接触。
    彼女から軍事的な面での協力要請を受けました。」

二尉「北の砦に立て籠もる反政府勢力の鎮圧、だったよな?」

同僚「はい、彼女は東の街での我々の活動を聞きつけ、
    どこにも属さない我々に目をつけたようです。」

一曹「国内のゴタゴタを収めるのに、他国の力なんて借りたら国の面子がパァだからな。
    そこに俺達のような存在が現れたら、利用したがるのは当然だろう。」

二尉「で、俺達に協力させるために、高機動車いっぱいの物資をよこしてくれたと。」

同僚「あれだけではありません、彼らは今回の件に協力してくれれば、
    国からの継続的な支援を約束すると言っています。」

隊員A「…逆を言えば、"この国に居座るならそれ相応の態度を見せろ"
ということですね…」

隊員Aは苦い表情をしてみせる

自衛「隊員Cが機嫌を悪くするわけだ。」

一曹「しかし、我々としてもこれは好機だ。この国に助力し、それなりの力と態度を見せれば、
   この国に対して発言力を持つことができる。」

隊員A「しかし、国に関わって戦闘を行えば、私達の噂があっという間に広まってしまいます。」

二尉「三曹、もうそんなことを気にする段階はすぎたと思うぜ?」

隊員A「それは…そうかもしれませんが…」

同僚「余計な騒ぎを起こしたくないのは私も同じです。
    しかし、すでに我々はこの世界で十分目立っている。
    今後、身を守るにはこの世界に協力者が必要です。」

一曹「…いいだろう、我々、陸上自衛隊は五森の公国を支援するために、
部隊を編成し派遣する。
    隊員A、全隊員にこのことを通達してくれ。」

隊員A「は!」

隊員Aはテントから飛び出していった

一曹「いずれはこうなると思っていたが…」

自衛「一曹、よろしいですか。」

一曹「なんだ?」

自衛「派遣部隊とは別に探索部隊の編成をお願いしたいのですが。」

二尉「探索部隊?一体何の?」

自衛「燃料確保のためのです。」

一曹「燃料?」

同僚「何を言っているんだ?この世界に我々の車両に使える燃料があると思うか?」

自衛「そりゃあ、ガソリンや航空燃料そのものがあるとは俺だって思っちゃいない、
    だが、原油ならどこかに埋まっているはずだ。
    それに、魔術師や研究者みたいな人間もいたんだ
    精製する技術を持つ人間もどこかにいるかもしれない。」

同僚「それは、まぁ…」

自衛「一曹、今回の偵察活動で確信しました。
    この世界は今、動乱の中にあります。
今後、我々は確実に戦いに巻き込まれていくでしょう。
    この広い世界での我々の強みは機械化されていることです。
    その強みを失えば、わずか85人の温室育ちの人間など塵も同然です。
    我々は力を維持し続ける手段を見つけなければなりません。」

一曹「…燃料確保の当てはあるのか?」

自衛「当てと呼べるほどではありませんが、月橋の街よりさらに北北東に行った所に、
    工業で栄えた町があるそうです。
    この世界の"工業"がどの程度のレベルなのかはわかりませんが。」

同僚「待てよ、そんな不確かな情報を頼りに、あるかどうかもわからない物を
    探してさまよう気か?」

自衛「じゃあ、このままお使いのためだけに燃料を消費し続けるか?
    俺達は原子力空母ごと飛ばされてきたわけじゃないんだぜ?」

同僚「そうは言ってないけど…」

二尉「自衛の言うことも最もだな、いずれはぶち当たる問題だ。
    とっかかるなら早いほうがいい。」

一曹「わかった、燃料捜索部隊の派遣を許可しよう。」

自衛「ありがとうございます。」

一曹「もう昼だ、一度飯休憩にしよう。
    午後から具体的な編成を行う。解散!」


野外炊具によって作られた昼食を受けとるため、隊員達が列を作っている
同僚と自衛はその最後尾についた

同僚「おい、燃料なんて本当に見つかると思うのか?」

自衛「見つけるんだ、今の保有燃料だけじゃ一月たらずで行動不能になっちまう。
   そうなりゃ戦闘行動どころじゃない。
   この広い世界だ、移動すらままならんぞ。」

同僚「そりゃそうだが…」

昼食をもらい、適当な所に腰掛ける二人

自衛「この世界にゃ魔法やらバケモノやらが、ありえねぇ物がしこたまあるが、
    自然環境は俺達の世界と似通ってる。
    原油が埋まってる土地がきっとあるはずだ、それを見つけ出さなけりゃ俺達に未来は無い。」

同僚「………」

自衛「食わねぇのか?冷めるぞ。」

同僚「あ…ああ」


午後 司令テント内

隊員A「五森の公国への支援には一個小隊を派遣します。
    各科から隊員を選抜し30名の小隊を編成、
    内訳は二個分隊と火力支援を一組です。」

二尉「そんだけか?」

同僚「我々の仕事はあくまで公国騎士隊の支援です。
    それに、敵の数は100名程度と聞きました、
    我々の火力を考えれば十分と思われます。」

一曹「隊員E二曹、小隊の指揮はお前に一任するが、異論は無いか?」

隊員E「大丈夫です。」

隊員A「第7師団の自走迫撃砲が火力支援として随伴しますので、
    連携を忘れないで下さい。」

隊員E「わかった。」

一曹「それでだ、燃料探索部隊のほうだが…」

自衛「燃料捜索はかなりの長期行動が予想されます。
    おそらく2週間以上は帰還できないでしょう、
    それ相応の準備が必要と思われます。」

隊員E「ちょっといいか、その探索活動は公国の支援が終わってからじゃダメなのか?」

自衛「今回の派遣が終われば、我々の名は世界に広まります。
   そうなれば、より大事になるのは明確です。」

同僚「しかし避けては通れない道だ。」

自衛「だからこそ、早急に下地を築いておく必要がある。
    燃料、弾薬、時間、そして状況に余裕がある今のうちにだ。」

隊員E「成程な…」

隊員A「燃料捜索隊は指揮車と車両数量で編成します。
    長期行動を見越して、人数は一個分隊程度で抑えようかと。」

一曹「それが妥当な所だろうな。」

同僚「指揮は誰が?」

一曹「補給二曹だ。物資の仕分けで今はいないが、話はしてある。
    今回の探索も補給活動の延長だ、彼が適任だろう。」

自衛「あと、できれば施設科隊員を数名、編成に組み込んでいただけると助かります。」

一曹「わかった。細かい人選は二曹両名に任せる、各員はそれを補佐するように。
    以上だ、本部隊員以外は解散!」


夜 トーチカ内

不審番交代のため、同僚と隊員Dがトーチカ内へと入る

同僚「自衛、交代だ。引継ぎを…」

自衛「ああ…もうそんな時間か。」

暗いトーチカ内で自衛はライトで照らされた一点を睨んでいた
光の先にあるのは、ばらされた5.56mm弾だ

同僚「なにをしてるんだ…?」

隊員C「見ての通りさ、弾をばらして調べてんだよ。」

隊員D「…なんで?」

隊員C「なんでもなにも…自衛の奴、弾をこっちの世界で作れないか
    とか言い出しやがってよ。」

隊員D「弾薬をか?」

同僚「燃料の次は弾薬か?お前本当にどこまで考えてるんだ…」

自衛「弾薬の確保を考えるのはあたりまえだ。
    燃料がなけりゃ移動が移動ができんし、弾薬がなけりゃ戦えない。」

隊員D「そりゃ最もですが…実際作れるモンなのか?」

隊員C「無理に決まってんだろ。火縄銃じゃあるまいし、
     ただ鉄を丸めりゃいいってもんじゃねぇんだぞ?
     フルメタルジャケット弾頭を作るには鉛と真鍮がいる、無煙火薬だって必要だ。
     だが、それ以上に雷管や薬莢をどうするつもりだ?
     たとえ材料が見つかったとしても、薬莢や雷管を職人芸みたいに
一発ずつ作っていく気か?
     この世界に弾薬を量産できる技術があるとは、到底思えないがよぉ。」

自衛「説明ありがとよ隊員C、少し静かにしてろ。」

隊員C「へーへー、じゃあ俺は先にお休みをいただくとしようか。」

隊員Cは自分の装備を持ち、トーチカを出る

自衛「なんにせよ、弾薬は無限じゃない。その時までに、どんな手段であれ
    戦う手段を見つけないと俺達はお陀仏だ。お前らも何か考えといてくれ。」

同僚「わかったから、早く不審番の引継ぎを済ませてくれないか…」

同僚はうんざりとした口調で言い、頭をおさえた


翌朝早朝

霧がうっすらと陣地を覆う中、エンジン音が響く
陣地の外で、燃料探索隊の車列が待機していた
指揮車を先頭に、補給物資を搭載したトラック(以降補給トラック)、
武器弾薬を登載したトラック(以降武器トラック)と並び、最後尾に旧ジープがつく

自衛「これで最後だ、支援A。」

武器トラックの荷台にいる支援Aに迫撃砲を渡す

支援A「重てぇ…迫撃砲なんて必要かよ?」

隊員C「なくて困るよりマシだろ、ほらどけ。」

支援Aを押しのけ、隊員Cが荷台へよじ登った

補給「自衛、他はもう準備が終わった。そっちはどうだ?」

自衛「火器、並びに弾薬。全て搭載完了しました。」

補給「わかった、全員乗車しろ。一曹へ報告したらすぐに出発だ。」

自衛「了解。」

二曹がその場から去り、自衛はジープの助手席へ座る

隊員C「なぁ、自衛。ホントに燃料なんて見つかると思うか?」

隊員Cが武器トラックの後部から話しかけてくる

自衛「見つけるんだ、無くなっちまえば、この世界での俺達はただの不審者だからな。」

隊員C「今でも十分不審者だろ、いや危険人物だな。」

隊員D「うるせーぞ隊員C、お前の声は頭に響く。」

ジープの後席で横になっている隊員Dが抗議の声を上げた

隊員C「それは悪うござんした。ずっと、そうやってくたばってろボケ。」

隊員D「言われなくても。」

隊員Dは顔に帽子を被せ、眠りに入る

衛生「やめとけよ、朝っぱらから…」

衛生がだるそうな声で仲裁をする

一方、指揮車の側では、補給が一曹へ出発の報告をしていた

補給「燃料探索隊、補給二曹以下16名。0500時、出発します。」

一曹「了解、気をつけて行って来い。」

補給「は!」

補給二曹が指揮車に乗り込む

補給「全車に通達、出発だ。82操縦手、出せ。」

82操縦手「了解。」

ヘッドライトが霧を照らし、指揮車が動き出す
それにトラックが続き、車体が揺れる

支援A「おおっとぉ、出発だな。」

隊員C「あーあ、エンジンがいい音たててら。」

自衛「俺等もいくぞ。」

自衛の合図で、ジープが走り出し
燃料探索隊は一路、灯り火の町を目指す


燃料探索隊が出発してから数時間後

隊員A「第一分隊、乗車開始!」

隊員G「第二分隊乗車開始」

各分隊長の号令で隊員がトラックに乗車していく

偵察「くっそ、トラックの座席は相変わらず乗り心地悪いな。」

隊員B「士長、もうちょっと奥に詰めてください。」

支援B「これで到着まで二日もかかるのかよ…」

隊員B「最初は昼出発して、観測活動をしながらだったから二日かかったけど、
    今回はたぶん夕方には着くと思うよ?」

支援B「それでも御免だぜ、狭い荷台に何時間も座ってるのは。」

隊員F「………」

同僚「全員乗ったか?装備品の忘れが無いか確認しろ。」

偵察「まるで遠足だな。」

支援B「こんなきな臭い遠足、願い下げですよ。」

隊員A「静かにしろ!二曹、第一分隊乗車完了です!」

隊員G「第二分隊、乗車完了。」

120車長『ザザ…、自走120だ、こっちはいつでも出れる。』

隊員E「了解。」

報告を受けた隊員Eは、一曹に向き直る

隊員E「派遣小隊、隊員E二曹以下35名。0840時、派遣活動に向け出発します。」

一曹「了解。すまんな、本来なら二曹のお前に押し付けるような事じゃないんだが。」

隊員E「仕方ありません、陸自幹部が一人もいない状況なんですから。
では、言ってまいります。」

一曹「頼むぞ、くれぐれも無茶はするな。」

隊員E「わかっています。」

隊員Eがトラックに搭乗する

隊員E「輸送A一士、出発だ。」

輸送A「了解。」

先頭のトラックが走り出し、もう一両のトラックとジープ、そして最後に自走迫撃砲が続く
派遣部隊は木洩れ日の街へ向けて出発した


燃料捜索隊は勇者に教わった連峰迂回ルートを通り
再び月詠湖の王国領内へ踏み入った
車列は荒野のど真ん中を進んでいる

支援A「よぉ、自衛!ちょいいいか?」

武器トラック上の車両越しに、声を掛ける

自衛「あ?」

支援A「ずいぶんなげぇ事陣地を離れるみたいだけどよ?大丈夫なのか?」

自衛「ああ、何が?」

支援A「もし離れてる間になんかあったらよ、俺達置いてけぼりを食らっちまうかもしれないんだぜ?」

隊員D「何が言いたいんだ?」

隊員C「つまりだ、俺等はよくわかんねぇ現象でこの奇妙な世界に飛ばされて来ちまった訳だ。
    支援Aは陣地を離れてる間に揺り戻しが起こって、
    陣地だけ元の世界に戻っちまうんじゃねぇか、って事を心配してんだよ。」

衛生「確かに…あるかもしれねぇな…」

自衛「俺達だけ置いてけぼりを食らうってことはねぇと思うがな。」

支援A「なんで分かるんだ?」

自衛「俺達(普通科と特科)はともかく、補給中隊は離れた場所に、
     空自の連中にいたっては飛行中にこっちの世界に飛ばされて来たんだ。
     こんだけバラバラに飛ばされてきて、
戻るときは陣地だけってことは考えられねぇ。」

隊員C「ああ確かに、もし戻るんならどこにいようとまた飛ばされるはずだ、
    本当に揺り戻しなんかが起こればの話だがな!」

自衛「ああ、言えてるぜ。」

隊員C「自衛、お前は正直なとこどう考えてんだ?どうにも元の世界に戻ることになんて、興味なさそうだけどよ?」

自衛「さぁ、どうだかな。」

隊員D「燃料、弾薬の件といい、むしろ率先してこっち(異世界)に殴り込む気なんでしょう?」

支援A「ハッハー!そりゃ、最高だな!」

自衛「さあな、楽しみにしておけよ。」

衛生「同僚士長はまったくもって反対の考えみたいですけどね。」

支援A「あぁ?どういうことだよ?」

隊員C「同僚の奴、あの国に泣きつかれて多少覚悟ができたみたいだけどよ、
    ドンパチに抵抗があるのは丸分かりだ。」

支援A「マジかよ?そんなようには見えなかったぜ?」

隊員C「お前の頭じゃわからねぇだろうな。」

支援A「あ?」

自衛「いや、あいつなりに隠してたんだろう。あれで中隊の三曹昇進候補だからな。」

衛生「ただ、野心的な人ではないですからね。究極、武器を捨てて
    この世界に溶け込んでいく、くらいのことは考えていたでしょう。」

自衛「そんなこったろうとは思ってたぜ。」

隊員C「どうかしてるぜ!同僚も、お前もな自衛!俺はどっちもごめんだね!」

自衛「俺だって、戻れりゃそれに越したこたぁねぇと思ってるさ。
    だが、陣地で丸まってるわけにはいかねぇだろ。
    まずは腰を落ち着けて考えられる環境をつくらねぇとな。」

隊員C「勘弁してくれや…」


五森の公国領内 北の砦
公国第一騎士団と第37騎士隊は砦を包囲していた

五森騎士「…」

五森兵A「隊長…砦の連中、動きを見せませんね…」

五森騎士「ふん、どうせ逃げ込んだはいいが、それ以上何もできなくて
     手をこまねいているんだろう。」

伝令「隊長、団長が指揮所まで来てくれと。」

五森騎士「わかった、ここを頼んだぞ。」


指揮所 天幕内

五森騎士「五森騎士、参りました」

騎士団長「おう、来たか。」

天幕内には各隊隊長や参謀が揃っている

37隊長「全員揃ったようだな。」

五森騎士「一体なんです?砦に動きはまったくありませんよ?」

騎士団長「違うんだ、今回は別の話だ。東の街を救った一団の噂は聞いているか?」

五森騎士「はい…一応は。しかし、それがなんだというのです?」

37隊長「今、街から伝令が到着した。伝令の報告によれば、
     その一団が物資補給のためにが木洩れ日の街を訪れたとの事だ。」

五森騎士「…それがなにか?物資補給など旅人なら誰でもすることです。」

37隊長「肝心なのはここからだ、その一団に姫様が接触を図り、
     ここの一掃を手伝ってくれないかと頼んだそうだ。」

五森騎士「な!?」

五森騎士をはじめ、多くの人間がざわめきだす

37隊長「姫様がおっしゃるには、どうやら好感触らしい。彼らは協力してくれるだろうと」

五森騎士「馬鹿な!姫様は一体何を考えておられるのだ!?」

隊長A「このような問題自体、恥ずべきことなのに…よりにもよって外部の者に…!」

37隊長「落ち着くんだ、どうにもその一団は所属を持たない流浪の身らしい。
     姫様はそこに目をつけられたのだろう」

五森騎士「だからといって、そのような得体の知れない者たちに協力を仰ぐなど!」

参謀A「姫様は私達を信用しておられないのか…?」

騎士達のざわめきは一層大きくなる

五森騎士「団長!奴等の討伐など我々だけで十分です!
      そのような得体の知れない者達の手助けなどいりませぬ!」

37参謀「落ち着かないか。我々だって助けが大いに越したことはないんだ。」

五森騎士「何を言っている!異邦の者を介入させるなど…
騎士としての誇りがないのか!?」

五森騎士を初めとする第一騎士団の騎士や参謀が騒ぎ出す

騎士団長「落ち着け!まだ、異邦の一団がこの件を受け入れると決まったわけではない。
      今回はあくまでそういう事があったと伝えただけだ!
      …わざわざすまなかった、各自持ち場に戻ってくれ。」

騎士団長の一言により、不満を漏らしつつも第一騎士団の騎士達は解散してゆく

騎士団長「はぁ…」

五森騎士「団長!」

騎士団長「うおっ!五森騎士か…どうした?」

五森騎士「私は納得いきません!どこの者ともわからない得体の知れない一団の協力を得るなど、
      我が第一騎士団の恥です!」

一団長「私だって納得しているわけではない!だが、これは姫様御自身のお考えなのだ!」

五森騎士「姫様…一体何を考えておられるのだ…」

一団長「ともかく、お前も自分の隊へ戻れ。」

五森騎士「…はい…」


五森騎士は不機嫌な表情を浮かべ、天幕を後にする
それを少し離れた所で見ている人物が二人いた

37隊兵A「また出てきたぜ」

37本部書記「なんで第一騎士の人たち、みんな怖い顔してるの…?」

37副隊長「あちらさん、噂の一団のことでご立腹なんだよ」

言葉と共に一人の人物が近付いてくる

37隊兵A「副隊長!噂の一団って…」

37本部書記「東の街を助けてくれたっていう?」

37隊兵A「その一団がどうかしたんですか?」

37副隊長「木洩れ日の街にその一団が現れて、滞在中の姫様が彼らと接触したらしい」

37隊兵A「本当ですか!?」

37副隊長「ああ、だが驚くのはそこじゃない。姫様はその一団にここの制圧に
      協力してくれるよう頼んだらしい。」

37本部書記「!」

37隊兵A「それで…彼らはなんて?」

37副隊長「明確に受け入れを表したわけではないが…姫様いわく好感触だとか。」

37隊兵A「すげぇ…」

37本部書記「でも…それでどうして第一騎士団の人たちが不機嫌になってるんですか?」

37副隊長「第一騎士団の連中としては、よそ者が事態に介入してくるなんてゆるせないんだろう。」

37本部書記「そんな…でも東の街を助けてくれた人たちなんですよ…?」

37副隊長「そうなんだよな…だが、連中は中央の精鋭だし、
      プライドがそれをゆるさないんだろう。」

37本部書記「そんな…」

37隊兵A「人の命とプライドのどっちが大切なんだよ…」

37副隊長「37隊兵A!それ、第一の連中の前では言うなよ。」

37隊兵A「わかってます…」

37副隊長「ほら、二人共持ち場に戻れ。」


木洩れ日の街 街中心部
隊員E、隊員A、隊員Gの各曹と同僚は、建物内の応接室へと招かれていた

五森姫「はじめまして、五森の公国を治める五森王の娘の五森姫と申しますわ。」

隊員E「派遣小隊指揮官の隊員E二等陸曹です。」

五森姫と隊員Eは握手を交わす

五森姫「お越しいただけて光栄ですわ。もちろん、助けていただけると
     信じていましたけど。」

五森姫は隊員Eの後ろにいる同僚に視線を送る

同僚「…」

同僚はその視線に軽い会釈で返した

五森姫「ふふ…それでえっと、隊員E様?一団をまとめていらっしゃるのはあなた様で?」

隊員E「いえ、それは私の上官が。私は上官から一個小隊を預かっているに過ぎません。」

五森姫「では事が終わりましたら、そのお方にも伝えておいて下さいな。
     "今回の協力、心から感謝しております"と。」

隊員E「わかりました、伝えておきましょう。それで、さっそくで申し訳ありませんが、
    現在の状況を教えていただけますか?」

五森姫「わかりましたわ、侍女Aさん、地図を持ってきて下さいな。」

脇に居た侍女が地図を持ってきて、机の上に広げる
地図は砦を中心にその付近の地形が書き記されていた

隊員E「これは…」

五森姫「本来は砦を守りやすくするために書き起こさせた物でしたのよ。
     まさか、攻め落とすために使うとは思っても見ませんでしたわ…」

五森姫は軽く溜息をつく

五森姫「騎士団は砦の南側を完全に包囲していますわ。
     南側は…残念ながら砦が谷の入り口に置かれていますので…」

同僚「騎士団では回りこめない…と。」

五森姫「軽装兵を山側から送り込んで監視はさせていますわ。
     特に目立った動きはないようですけど。」

隊員G「連中はいったいどれくらい前から立て籠もってるんです?」

五森姫「本日で調度一週間となりますわ。包囲を完了したのが四日前。
     同僚さん達が最初にお越しになられた日ですわ。」

隊員E「割と長いこと立て籠もってるな…あの砦に食料の備蓄は?」

五森姫「多少はあるでしょうけど、さすがにこれ以上篭城を続けるような余裕はありませんわ。
     おそらく彼らもかなり疲弊し出していることでしょう。」

隊員G「そんならいい加減、打って出て来るなり逃げ出すなりの
    動きを見せてもいいもんだがな。」

五森姫「私もそこが疑問なんですの、打って出てこないのは
     それほどまでに士気が低下しているからかもしれませんわ、
     もともと彼らは寄せ集めですし…」

隊員A「ただ…逃げ出す者もいないと言うのが気になります…」

五森姫「念のため騎士団には様子を見るよういってありますの、
     でも、捕らわれている者たちの事を考えれば、
     これ以上の猶予はありませんわ。」

隊員G「確かにな…」

五森姫「私から話せることはこれくらいですわね…
     その他の詳しいことは、現地の隊長達と話されたほうが良いと思いますわ。」

隊員E「わかりました。では、我々は準備が整い次第現地へ…」

五森姫「ああ、お待ちになって。何も今すぐ出発なされることはありませんわ。」

隊員E「?、しかし…」

五森姫「この街から砦までは半日もかかりませんし、
     今出発しても到着は真夜中になってしまいますわ。」

隊員E「そうですか…」

五森姫「明日の明朝に食料を運ぶための馬車が出発しますわ、
     よろしければ、あなた方にその護衛についてもらいたいんですの。」

隊員A「護衛ですか。」

五森姫「もちろん今夜一晩の滞在費用はこちらでお世話させていただきますわ。」

隊員E「…わかりました、引き受けましょう。ただ、滞在の支援は結構です。
    変わりに街の外に陣を張る許可をいただきたいのですが?」

五森姫「あら、用心深いんですのね。」

隊員E「そういうわけではありませんが、隊員もそのほうが慣れてますので。」

五森姫「わかりましたわ、哨兵に伝達しておきましょう。」


五時間後

木洩れ日の町 近郊
派遣小隊は野営陣を設営し朝を待つ

普通科 曹用テント内

隊員G「猶予がないとか言っといて、朝まで待てとはね…」

隊員E「こんな世界観だからな、夜間に規模の大きな戦闘を行うって考えがないんだろう。」

隊員G「にしてもあの姫さん、ずいぶんと太っ腹ですよね。
どうせならお言葉に甘えたかったぜ。」

隊員A「…本気で言ってるの?」

隊員G「…なわけねーだろ。条件は魅力的だが、あの姫さん裏で何考えてるか
わかりゃしねぇ。」

隊員E「羽振りがいいのは、なんとしても我々を引き込みたいからだろうな。」

隊員G「二曹、どっかの協力が必要なのは確かですが、本当にこの国でいいんですか?
    俺達はこの世界の情勢をほとんど知らないんですよ?」

隊員E「知らないからこそさ。もしこの国が我々にとって不都合な国だったとしても、
    他に安全な場所が見つかるまでは不用意に動くべきじゃない、それに…」

同僚「もし、下手な素振りを見せたら殺しかかってくるでしょうね、
私達が敵対する前に…」

隊員A「!」

いつの間にかテントの入り口に同僚が立っていた

同僚「失礼しました、人員点呼が終わりましたので報告に。」

隊員E「ああ、ご苦労。」

隊員G「しかし同僚よぉ、いくらなんでも殺しになんて…」

隊員E「いや、味方で無くなれば、我々はこの国にとって脅威以外の何者でもない、
    その時は全力をもって叩きにくるだろう、そうなれば戦闘は避けられまい。」

隊員G「………」

隊員E「…あくまで今のは最悪の事態を考えた場合だ。今回の派遣はこの国の実態を見極める目的もある。
     この国が我々が腰を据えるのにふさわしい国なのかをな。」

同僚「…できれば私は、この国がいい国だと信じたいです…」

隊員G「みんなそう思ってるだろうよ…」

隊員E「せっかく時間ができたんだ、休める時に休んでおけ。」


同時刻、燃料捜索隊は灯り火の街へ到着した

灯兵A「な、なんだあれは!」

灯兵B「ば、バケモノかぁ!?」

入り口に車列が近付き、見張りの兵士達がざわめき出ていた

隊員C「あーあ、またこれかよ。町に近付くたびにこの騒ぎだ」

自衛「ああ、退屈しねぇな」

車列の前方で、補給が兵士達に話しかけている

補給「落ち着いてくれ!俺達は危害を加えるモンじゃない!
   ここの代表者と話をしたいんだ!」

番兵A「…す、少し待ってくれ!」

番兵の一人が奥の兵舎らしき建物へ走っていった

隊員C「どうなってんだ?」

自衛「念のため周囲を警戒するぞ、隊員C、支援A、降りるぞ。」

隊員C「マジかよ…」

自衛達は車両から降りて、前方の指揮車まで向かう

82車長「よう、自衛。」

自衛「どんな感じだ?」

82車長「連中の一人が奥に走ってた、たぶん上の奴を呼びにいったんだろう。」

しばらくすると、兵舎から複数の人間が駆け寄ってきた

灯兵長「私がここの代表者です、あ、あなた方は…?」

補給「大丈夫です、我々は危害を加える者ではありません。
   この町への立ち入り許可をいただきたいのですが?」

灯兵長「は、はい、よろしければ目的を聞かせていただけますか?」

補給「探し物を、石油というものを探しているんですが。」

灯兵長「セキユ…?」

兵士達は顔を見合わせる

補給「あ、いえ、知らないんであれば結構です。
    この町でどこか情報を集められる所はありませんか?」

灯兵長「それなら役所か酒場になりますが…あの、失礼ですが後ろの化け…
     いえ、大きな物体ごと町に入られるのは…」

補給「ああ、まずいですか…」

灯兵長「すみません…」

補給「武器に関しては?」

灯兵長「武器は結構です、冒険者の方が訪れる事も多いですから。」

補給「わかりました、しばしお待ちを。」

補給が指揮車へと戻ってくる

82車長「なんつってました?」

補給「車両ごと町に入られるのは困るそうだ、武器は構わんらしいが。」

隊員C「そらそうだろうよ。」

自衛「数名で町に入りましょう、残りで車列の見張りを。」

補給「そうだな、それがいい。82車長、車列の指揮はお前に任せていいか?」

82車長「了解。」

補給「頼む。自衛、人員の選抜をしてくれ。お前のほうが詳しいだろう?」

自衛「了解。」


8名で分隊を編成し、町へと入る探索隊

隊員C「で?どっかアテはあるんですか?」

補給「役所と酒場に情報が集まるらしい、手分けして当たって見よう。」

隊員C「こんな時間に役所があいてんのかよ…?」

補給「いいから、衛生、特隊A、施設A、俺と役所を当たるぞ。自衛、そっちは酒場を頼む。」

自衛「了解。」

補給「当たったらもう一度町の出入り口に集合だ、解散。」


自衛達は酒場を目指して進む

隊員C「よぉ、自衛。ハチヨン(84mm無反動砲)なんて必要かよ?
    邪魔くさくてしょうがねぇ!」

隊員D「対戦車隊員が対戦車火器を持ってなくてどうすんだ?」

隊員C「どうせこんな町でぶっ放す機会なんざねぇよ。」

自衛「ああ、ぜひそう願いたいね。」

支援A「おい、自衛。あれじゃねぇか?」

支援Aが前方の建物を示す
いかにもゲームの世界に出てきそうな酒場だった

隊員C「冗談みてぇに分かりやすい酒場だ。」

四人は酒場へと近付く
酒場は外からでも内部の喧騒が聞こえており、時おり酔っ払った客が出てくる
周辺には馬鹿騒ぎをする者や酔って眠りこけている者がちらほらと見受けられた

隊員C「あー、お気楽でうらやましい限りだぜ…」

支援A「うへへ。」

隊員D「久しぶりに酒をかっ込みたいぜ。」

自衛「ああ、所でお前ら、安全装置は解除しとけよ。」

支援A「ああ?」

自衛「酒あるところ面倒事ありだ、いつでも撃てるようにしとけ。」

隊員C「やな言うんじゃねぇよ…」

四人は酒場へと入ろうとする、その時酒場の戸が開いた

?「おっと。」

大剣を背負った男が出てきた

?「悪ぃな。」

自衛「ああ、こっちこそ。」

謝ると男は通り過ぎ、奥から別の人間が続く

??「収穫なしだったな。」

?「仕方ない、次に行こうぜ。」

???「………」

ドンッ

最後尾の男の肩と隊員Cの肩がぶつかる

???「…周囲をよく見よ…」

隊員C「ああ!?」

男と隊員Cが睨みあいになる

隊員C「絞め殺すぞ糞野郎?」

???「…貴様にできるのなら…」

隊員D「おい、隊員C!なにやってんだ?」

?「賢者!どうした?」

零審の賢者「…気をつけるが良い…」

そう言うと、賢者と呼ばれた男はその場を去った

隊員C「なんだあの野郎は?」

隊員Cは眉をひそめつつ酒場へと入った


酒場内は喧騒に溢れている
自衛は正面のカウンターへと向かう

店主「いらっしゃ…い?」

自衛達を見た店主は一、瞬戸惑った表情を浮かべる

店主「失礼、えっとご注文は?」

自衛「情報だ。このへんで採掘物について詳しくヤツはいるか?
    あるいは調べられる場所だ?」

店主「さ、採掘物…?どうだろう、お客の中にいるかどうか…
    うちは情報屋はやってないから、悪いけどお客に聞いて回ってくれ」

自衛「そうかい…ありがとよ。」

隊員D「どうします?」

自衛「手当たり次第に聞いてみるしかねぇな。」

聞き込みを開始しようとしたその時

隊員C「おいてめぇ。何薄ら気持ちワリィ面で見てんだ?」

店の入り口あたりから隊員Cの声が聞こえてきた

客「ああ?なんだよてめぇ?」

隊員C「なんだじゃねぇ。その馬鹿にしたような薄ら笑いはなんだって聞いてんだよ!?」

客「馬鹿にされるような奇妙なナリしてるからだろ。分かってるじゃねぇか?」

客の男も酔いが回っているせいか、挑発をして来た

隊員C「てめぇ!」

隊員Cは客の胸倉を掴み上げる

自衛「おい、隊員C」

自衛は隊員Cの肩を掴み、制止する

?「おい、見習い!何してやがる!?」

一方、客の後ろからも別の男が現れる

見習い「お、親方…」

親方「せっかく飲みに来たってのに、よそ様と問題起こしてんじゃねぇ!」

親方と呼ばれた男は、見習いという名らしい客を下がらせる

親方「すまんな、こいつはどうにも口が悪くて。」

自衛「こっちこそ悪ぃな、こいつも何分厄介な奴でよ。」

隊員C「おい!」

隊員D「やめとけって隊員C。酔っ払いに素面の方から突っかかってどうすんだよ」

親方「しかし…ああ、気分を悪くしたらすまん…おたくら変わった格好をしてるな、
どこから来たんだ?」

自衛「どういったらいいか…遠い所からだ。」

親方「遠い所?外の大陸からか?」

自衛「そんな所だ…それより、聞きたいことがあるんだがいいか?」

親方「なんだ?」

自衛「俺達、石油ってもんを探してるんだが、あんた知らねぇか?」

親方「セキユ?」

自衛「地中から採掘できる、可燃性で黒い粘り気のある液体だ。」

親方「…さぁ、悪いが聞いた事ねぇな…」

隊員C「ほれ見ろ、ここの連中に来たって時間の無駄だぜ。
     いっそダウジングでもした方が早ぇんじゃねぇか?」

支援A「あー、そりゃいい案だぜ…」

隊員D「隊員C、お前のミラクル脳で電波を受信できるかもしれねぇぜ?
     電波が"石油はここだよ隊員C君、ピピピ〜!"ってな。」

隊員C「ああ、最高だぜ!ついでに電波でお前の頭も粉砕してやるよ!」

自衛「…面倒かけて悪かったな、お前ら行くぞ。」

親方に礼をいい、その場を去ろうとする自衛

親方「待てよ、同じようなモンをどっかで見たぞ。」

自衛「なに?」

自衛は振り返り、親方に詰め寄った

自衛「そいつぁどこでだ?」

自衛の剣幕に親方は少し後ずさる

親方「し、知り合いの鍛冶屋の所へ言ったと時、
    今言ったような液体で、火を大きくしてる所を見た気がするんだ」

隊員C「おい、自衛。それって…」

自衛「可能性は高い、そいつはどこに居るんだ?」

親方「ええと、地図はあるかい?」

自衛「おい」

隊員D「待ってください…あった」

隊員Dが地図を広げる

親方「ああ、ここだ。国境沿いにある山脈の麓だ。」

親方が示したのは、月詠湖の王国の一番南東だった。

隊員C「げ、こっから全く正反対の所じゃねぇか!」

親方「ああ、だが途中に特に障害はねぇから、四日ほどで辿り着けるはずだぜ。」

隊員D「それは歩いてか?」

親方「あ、ああ。そりゃそうだが…あんたら馬車でも持ってんのか?」

隊員C「いいや、そっから100年は進んだシロモンだよ」

見習い「は?」

親方「?」

親方と見習いは首をかしげる

隊員D「士長。」

自衛「車両なら、飛ばせば明日の昼には着けるだろう。」

親方「はぁ?あんたら何言ってんだ?明日の昼なんて無理に決…」

自衛「こっちの話だ。それより、確かなんだろうな?」

親方「あんたらの言うものと同じか保障はねぇが…特徴は一緒だったぜ?」

隊員D「行ってみる価値は、ありそうですかね」

自衛「あぁ、補給二曹に相談しよう。面倒かけたな、ここの代金は俺等が持つ」

自衛はポケットの中から硬貨を数枚つかみ出し、机の上に置いた

親方「いや、そりゃ悪いぜ…」

自衛「店にも迷惑かけた。その上冷やかしとあっちゃ、すっきりしねぇからな」

親方「そうか、分かったよ」

自衛「悪いな。お前等、行くぞ。」

隊員C「ケッ」

自衛達は店から出て行った

見習い「…なんだったんだ?」

親方「さあ、分けがわかんねぇ」


翌早朝
月詠湖の王国の隣国、紅の国 領内

院生「はぁ、はっ!」

一人の女性が林の中を走っている

院生「な、なんで、どうして…!?」

荒い呼吸の中で呟き、院生は後ろを振り返る
彼女の後ろを追いかけてくる人間が複数

追っ手A「待ちやがれ!」

追っ手B「獲物だ、逃がすな!」

追ってくる者の手には武器が握られている
捕まれば唯ではすまないだろう

院生「なんでよぉ…!」

悲観の声を上げながらも彼女は走る、彼女の悲観も最もだ
彼女は少し前まで、都内の大学院内の資料室にいたはずなのだから
資料を棚から下ろそうとした時に、脚立から足を踏み外し落下
そのまま気絶したはずだった
しかし、目が覚めたら見知らぬ林の中にいたのだ
携帯も通じず、しばらくさまよっていたら所で彼らと出くわし、そして追われだした

院生「どうしてこんな目に!」

叫んだ次の瞬間

院生「あっ!」

院生の足がもつれ、転倒してしまう

院生「痛い…」

足を押さえる院生に、影がかぶさる

院生「!?」

追っ手A「くそ、手こずらせやがって!」

追っ手B「おら、こい!」

院生「や、いや!」

服をつかまれ、引きずられる院生

追っ手C「なんだこいつ?妙な格好してやがる。」

追っ手A「ああ、それに見たこともねぇ顔立ちだ。だが上玉には違いねぇぜ。」

追っ手B「高く売れるぜきっと。」

院生「(何、なんなの…!?)」

突然襲ってきた者たちに捕まえられたかと思えば、恐ろしげな会話が聞こえてくる
状況は把握できないが、院生ははっきりとした恐怖を感じていた

追っ手A「さて、行くとしようぜ。」

追っ手B「おら、来るんだよ!」

院生は腕を引っ張られる

院生「(い…いや…)」

院生「いやぁ!!」

ザシュッ!

院生「…え?」

追っ手B「…が…ああ!?」バシュッ

何かを切り裂く音とがしたかと思うと、
院生を掴んでいた追っ手Bが、血を噴出して倒れた

追っ手C「な、なんだ!?」

突然の事態に残りの追っ手も困惑し出す

追っ手A「あ、あいつだ!」

追っ手Aが指差した先、大きな岩の上に一人の少女が立っていた
少女は大剣を構え、追っ手達を見下ろしている

追っ手C「クソが!なめやがって!」

追っ手Cが握った得物で少女に襲い掛かろうとする
その次の瞬間だった

バッ!

追っ手の真横を何かが通り過ぎる

追っ手C「な…ぎゃああ!」ブシュッ

そして追っ手Cは、背中から血を噴出しながら息絶えた

院生「あ…」

現れたのは馬に乗った、少女とは別の女性だった
剣を振り払い、こちらを振り返り、馬上から追っ手を見下ろす

追っ手A「い、一体な…」

ヒュン!

追っ手A「ひ!?」

女性は馬上から、剣先を追っ手Aに突きつける

?「その人から手を引け、さもなくば貴様を真っ二つにするぞ!」

女性は凛とした声で言い放った

追っ手A「ふ、ふざけんな!だ、だれが…」

ザシュッ!

追っ手A「ぎゃぁぁぁぁ!」

女性は追っ手Aの右目を切り裂いた

?「最後の警告だ、その女性から手を引いて貰おうか」ギロ

追っ手A「ひっ!?…う…くそおおお!」ダッ

追っ手Aは後ずさると、林の中へと逃げていった

?「ふん、軟弱者が。」

院生「…」

??「あーあ、逃げちゃったね。」

言いながら少女が近付いてくる

?「どうせこのあたりに根付いたはぐれ者だろう、あの傷ではやっていけまい。」

??「君、大丈夫?」

少女が院生に近付き、顔を覗き込む

院生「え…あ、は…い…」

??「災難だったね。でも、もう安心だよ。」

?「しかし、変わった出で立ちをしているな…?旅人の格好とは思えないが…」

??「君、名前は?どうしてこんな所に?」

院生「い…院生っていいます…」

?「珍しい名前だな…」

院生「あ、あの!ここってどこなんですか!?都内じゃないんですか!?」

??「?、ここは紅の国の領内だけど…」

院生「く、くれないの…国…?」

全く聞いたことも無い国名に、院生の顔が青くなる

?「顔色が悪いぞ、大丈夫か?」

院生「…だ、大丈夫です…」

??「とにかくここを離れよう、騎士、彼女を馬に乗せてあげて。」

?「わかった。」

??「院生さん、ここは危ないから移動しよう、立てるかい?」

院生「は、はい…あ、あの…」

??「ああ、まだ名乗ってなかったね。
   ボクは燐美の勇者!そして彼女が…」

?「麗氷の騎士だ。」

燐美の勇者「よろしくね、院生さん。」

院生「は、はい…」

全く状況がつかめないが、他に頼れる当ても無く
院生は二人についていく事にした


五森の公国 北の砦

天幕内

五森騎士「…それは本当ですか…!?」

騎士団長「ああ、木洩れ日の街から早馬が到着した。
      一団が今度は部隊で街を訪れ、明確に事態への協力を申し出たらしい。
      今現在、馬車を護衛しながらこちらへ向かっているそうだ。」

五森騎士「馬鹿な…」

隊長A「よそ者にこの事態に介入させるなど…あっていいのか…」

五森騎士「いいわけないだろう!ただでさえ今回の事態は不名誉な事だというのに!」

37隊長「落ち着けよ。俺は別にいいと思うがな、助けてくれるってんだからさ。
     あんたらは何をそんなに躍起になってんだ?」

五森騎士「あなた方にはわからないのか!?今回のような事態によそ者が介入するなど、
      恥さらしもいい所だぞ!」

37隊長「でも、姫様の意向だってんだからよ…」

五森騎士「だからこそだ!姫様は我々のことを信用なさっておられない
という事なんだぞ!」

37参謀「考えすぎだ、眉間にしわ寄せて…綺麗な顔が最無しだぞ」

五森騎士「ええい、うるさい!団長、いっそ一団が到着する前に、我々だけで砦を
      押さえてしまうべきです!」

五森騎士はすさまじい剣幕で騎士団長へと迫る

騎士団長「しかしだな…」

五森騎士「姫様は王子の出兵で不安になっておられるのです!
      それに姫様は、一団に協力を仰いだだけで、
      我々が一団との協力を命じられたわけではありません。
      奴等は一週間なんの動きも見せていない、
      我々なら制圧など容易いはずです!」

37隊長「お、おいおい!」

隊長B「そうだ!よそ者の助けなどいらない!」

参謀「我々だけで十分だ!」

五森騎士の言葉に、各隊長達も賛同し、声を上げる

騎士団長「…いいだろう!」

37隊長「はぁ!?」

騎士団長「これより、第一騎士団は砦に対し攻撃を行う。
      各隊は出陣の用意をしろ、かかれ!」

第一騎士団「「「ハッ!」」」

答えと共に、各隊長達は天幕を飛び出していった

37隊長「ま、待てよ!おいおいおい、何考えてんだあんた!」

騎士団長「すまないが、決定権は私にある!それに、私にも譲れないものはあるんだ…」

騎士団長はその場から去った

37隊長「…本気かよ」


天幕の外

37副隊長「隊長、どうなってんです!?第一騎士団の連中が出陣の準備を始めてます!」

37隊長「ああ、ダメだあいつら…忠誠心とプライドが暴走して正常な判断ができてない。」

37隊兵A「一体何が?」

37参謀「例の一団が正式にこっちへ向かっているって連絡があったんだが…、
     第一騎士団の連中、よっぽど彼らに事態に踏み入って欲しくないらしい。
     一団の到着前に砦を押さえちまうつもりだ。」

37副隊長「はぁ!?本気かよ!?」

37本部書記「なんでそこまで…?」

37隊長「…対魔王戦線のために、内の国からも多くの隊が王子と一緒に出兵しただろ?
     でもあいつらは近衛隊だ。王都を守るのが任務だから出兵できなかったんだ。
     それで不満と不安がたまってるんだろうな…」

37参謀「だからってあれはないでしょう…」

37隊長「そうだな…」

37副隊長「どうするんです?」

37隊長「躍起になってるとはいえ、連中は国の最精鋭だ。
     それに、言っても聞きゃしねぇだろ…。
     どっちにしろ、明後日の第33騎士隊到着と共に、
     あいつらが突入する手はずになってたからな、
     少し早まるだけさ…副隊長!」

37副隊長「はい?」

37隊長「第一騎士団の包囲網を引き継ぐ必要がある。
     第1、第2部隊から兵を引き抜いて、包囲を再構成しろ。」

37副隊長「…わかりました。」

37隊長「参謀、第3部隊を召集、何かあればすぐに出れるようにしといてくれ。」

37参謀「了解。書記、手伝ってくれ。」

37本部書記「は、はい。」

37隊兵A「…どうかしてますよ。」

37隊長「言われなくてもわかってるさ。ほれ、お前も配置に着け。」

37隊兵A「わかりました…」


木洩れ日の町―北の砦間

派遣小隊は馬車を護衛しつつ、砦へと接近していた
馬車の列の前後を、幌をはずしたトラックが警戒している

偵察「なぁ、なんで自走迫撃砲はあんなに離れた所を走ってるんだ?」

偵察は後方のトラックよりもさらに後ろを走っている自走迫撃砲を示す。

同僚「馬が自走迫撃砲を怖がるらしいんだ。」

偵察「トラックは平気なのかよ?」

同僚「ゆっくり走っていればな、あまり大きく動けばトラックにも怯えるみたいだけど。」

支援B「それで、ずーっとこんなにトロトロ走ってるわけだ。」

同僚「いいから、ちゃんと周囲を見張っていろ。」


再び紅の国 領内

院生は麗氷の騎士の愛馬に乗せられていた
麗氷が馬を引き、三人は林の中を進む

燐美の勇者「ふーん…つまり院生さんは、ここと違う世界から来たってことなんだね?」

院生「は…はい、たぶん…」

麗氷の騎士「にわかには信じがたい事だ…」

燐美の勇者「でも、聞いた話や、院生さんの身なりを考えると、
       そう考えたほうが納得がいくよね。」

麗氷の騎士「そうだな、それに…あんなものは見たことが無い。」

院生は携帯電話を操作していた
なぜか近くにおいてあったカバンだけ、一緒に飛ばされてきていたのだ
電話機能だけではなく、メール、ネットへの接続など全ての機能を試す

院生「…ダメ…全部通じない…」

院生はあきらめて携帯をカバンに戻す

院生「あの…燐美の勇者さん、今はどこに向かっているんですか?」

燐美の勇者「燐美でいいよ。今はここから一番近い風精の町に向かってる。
       近いといっても丸い一日はかかるけどね。」

院生「そうですか…」

麗氷の騎士「君も混乱しているだろうが、まずは一度落ち着ける所に向かう。
       考えるのはそれからにしよう。」

院生「ありがとうございます…」

燐美の勇者「気にしない気にしない、困ったときはお互い様さ!」

麗氷の騎士「…私は勇者様を助けてばかりで、助けられたことは一度もないが…」

燐美の勇者「や、やだなぁ、それは麗氷が強すぎるから…」

麗氷の騎士「戦いのことで文句は言わない。ただ、簡単な料理や衣服のほつれを
       直すくらいは自分でして欲しいものだ。」

燐美の勇者「やめてよー!はずかしいなぁ!」

院生「あはは…」

二人のやりとりで、院生の顔に少し笑みが戻る

院生「ところで、燐美さんって勇者さん…なんですよね?」

燐美の勇者「うん、そうだよ。」

院生「っていうことは、目的は…」

燐美の勇者「…そうだよ、ボクたちは魔王討伐のために旅をしてる。」

院生「魔王…」

燐美の勇者「この世界は魔王の脅威に晒されているんだ。
       魔王の軍勢はあちこちに侵攻し、人々を苦しめてる。」

麗氷の騎士「魔王のいる深封の大陸は完全に魔王の支配下だ。
       深封の大陸に接する二大陸も魔王の配下が侵攻を始めている…」

燐美の勇者「魔王はなんとしても打ち倒さなければならない!みんなのためにも…!」

院生「…」

燐美の勇者「…と、ごめんごめん。その前に、まずは院生さんの事を考えないとね。」

院生「す、すみません…」

燐美の勇者「謝っちゃだめだよー。ほら、元気出して!」

院生「…はい!」


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